· エッセイ (Essay) · N2 · 709字

あまい、からい、すい 柴崎友香

Sweet, Salty, Sour — Tomoka Shibasaki

東京(とうきょう)に住(す)んで二十(にじゅう)年(ねん)以上(いじょう)経(た)つが、東京(とうきょう)ではそういう言(い)い方(かた)はしないとわかりつつ、自分(じぶん)にはしっくりこないので使(つか)い続(つづ)けている言葉(ことば)がいくつかある。「しまう」意味(いみ)での「直(なお)す」が筆頭(ひっとう)だが、塩辛(しおから)いときの「からい」もそうだ。

唐辛子(とうがらし)の辛い(からい)も塩辛(しおから)いも大阪(おおさか)弁(べん)では「からい」であり、塩気(しおけ)が強(つよ)すぎる食(た)べものを口(くち)にした瞬間(しゅんかん)に思(おも)い浮(う)かぶのは「からっ」であり、人(ひと)と話(はな)すときにも「しょっぱい」は江戸(えど)っ子(こ)っぽい響(ひび)きがある気(き)がして使(つか)いこなせていない。

先日(せんじつ)スーパーで「銀鮭(ぎんざけ)(ぎんざけ)(甘口(あまくち))」と書(か)かれた切(き)り身(み)を買(か)ってきて焼(や)いて食(た)べた。「甘口(あまくち)にしてはけっこうからいやん」と思(おも)ったあとで、「甘塩(あまじお)って意味(いみ)なのはわかってるけど、甘(あま)くないのになんで甘口(あまくち)なんやろ」と気(き)になって、辞書(じしょ)を引(ひ)いてみた。糖分(とうぶん)の甘(あま)さを表(あらわ)すだけでなく、塩気(しおけ)が少(すく)ないことも「甘(あま)い」の意味(いみ)にあった。

糖(とう)の甘(あま)さと塩気(しおけ)が対(たい)になっていると考(かんが)えれば、「点数(てんすう)が甘(あま)い」と使(つか)うとき対義(たいぎ)語(ご)は「点数(てんすう)が辛い(からい)」だと思(おも)いあたる。「世知辛(せちがら)い」は、唐辛子(とうがらし)のひりひり感(かん)でもおかしくはないが、やはり塩(しお)のじわじわ利(き)いてくる感(かん)じがするし、近頃(ちかごろ)はつれない態度(たいど)を「塩(しお)対応(たいおう)」などと言う(いう)から、思(おも)い通(とお)りに行(い)かない厳(きび)しい状況(じょうきょう)などを表(あらわ)すとき、塩気(しおけ)の言葉(ことば)が使(つか)われるようだ。塩辛(しおから)いものはそんなに多(おお)く食(た)べられない、塩分(えんぶん)は必要(ひつよう)ではあるが取(と)り過(す)ぎると体(からだ)に悪(わる)い、というようなイメージが浮(う)かぶ。

人生(じんせい)や世間(せけん)と味覚(みかく)の表現(ひょうげん)には、「酸(す)いも甘(あま)いもかみ分(わ)ける」という言葉(ことば)もある。「精選(せいせん)版(ばん)日本(にほん)国語(こくご)大(だい)辞典(じてん)」によると「経験(けいけん)をつんで世間(せけん)の微妙(びみょう)な事情(じじょう)や人情(にんじょう)の機微(きび)に通(つう)じ、分別(ふんべつ)がある」。世間(せけん)、人情(にんじょう)、微妙(びみょう)、機微(きび)。いかにも割(わ)り切(き)れない、経験(けいけん)からしか計(はか)れないあんばいが肝要(かんよう)な言葉(ことば)が並(なら)ぶ。あんばいは「塩梅(あんばい)」と書(か)く。なるほど塩味(しおあじ)と酸味(さんみ)のブレンドなのか。

人生(じんせい)や世間(せけん)を表(あらわ)す言葉(ことば)と味覚(みかく)の結(むす)びつきは辿(たど)っていくとおもしろいと思(おも)いつつ、もう少(すこ)し塩気(しおけ)の少(すく)ない鮭(さけ)を買(か)いに行(い)く。

理解度チェック Comprehension check

  1. 筆者が「しょっぱい」という言葉を使いこなせていないのはなぜか。

  2. 筆者が辞書を引いたのはなぜか。

  3. 筆者によると、思い通りに行かない厳しい状況を表すときには、どのような言葉が使われるようか。

  4. 「なるほど塩味と酸味のブレンドなのか」とあるが、筆者は何に納得したのか。

  5. この文章で筆者が最も言いたいことはどれか。

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